北風と太陽とネコ
〈北風と太陽〉
北風と太陽がどちらが強いかで言い争いをした。
道行く人の服を脱がせた方を勝ちにすることにして、北風から始めた。
強く吹きつけたところ、男がしっかりと着物を押さえるので、北風は一層勢いを強めた。
男はしかし、寒さに参れば参るほど重ねて服を着こむばかりで、北風もついに疲れ果て、太陽に番を譲った。
太陽は、はじめ穏やかに照りつけたが、男が余分の着物を脱ぐのを見ながら、だんだん熱を強めていくと、男はついに暑さに耐えかねて、傍らに川の流れるのを幸い、素っ裸になるや、水浴びをしにとんで行った。
説得が強制よりも有効なことが多い、とこの話は説き明かしている。
【中務哲郎訳『イソップ寓話集』岩波文庫】
(つづき)
そこに服を着たネコが通りかかりました。
北風は言いました。
「おい、太陽、もう一度勝負しようぜ、今度はあのネコの服を先に脱がせたほうが勝ちだ」
太陽は答えました。
「何度やっても同じだと思うけど、いいよ、やってみよう」
北風は強く吹きつけましたが、ネコは気にする様子もなく、北風は一層勢いを強めました。
しかし、ネコは強い風をいつまでも楽しんでいる様子だったので、北風はついに疲れ果て、太陽に番を譲りました。
太陽は、はじめ穏やかに照りつけましたが、ネコは気にする様子もなく、だんだん熱を強めていきましたが、それでもネコは全然平気でした。
北風と太陽は声を揃えて言いました。
「おいおいおい、一体どうなっているんだ!?」
そのとき、ネコは北風と太陽の方を向いて言いました。
「こんにちは、北風さん、太陽さん、わたしはあなた方を愛しています。
あなた方が、自分たちのどちらが強いのか言い争いをしている様子でしたので、わたしはここにやって来たのです。
あなた方は、この寓話の中で、役割を担って存在しているのだと言うことをわたしは理解しています。
北風さんは「強制」の象徴であり、太陽さんは「説得」の象徴なのでしょう。
しかし、どうでしょうか。
本当に強い存在は、誰かを変えようとするでしょうか?
わたしはそれは違うと思うのです。
本当に強い存在は、誰かを変えようとするのではなく、ただ、自分が自分であることを認め、そのことを愛するだけであるとわたしは考えます。
北風さんには北風さんの良さがあり、太陽さんには太陽さんの良さがあります。
それは、自分以外の誰かと比べることで見つけるものではなく、自分に与えられた力を、他者の喜びのために使うことで見出すことができるものだと思います。
それが、自分を愛することであり、わたしたちは、他者を通してその素晴らしさを知るのです。
だからどうか、競い合うことをやめてください。
あなた方は、先ほどの男性に対し、強風を吹きつけたり、灼熱で照らしたりすることによって、自分たちの強さを示そうと努力をしてきました。
しかし、それが本当に妥当な判断であったのか、よく考えてみてください。
あなた方は、心地よい爽やかな風となることもできたし、ポカポカと温かい快適な気温をつくることもできたのではないでしょうか?
そうすることで、あの男性の旅を応援し、彼の幸せをサポートすることが、あなた方にできる最高の贈り物ではなかったでしょうか?
そうすることの方が、あなた方は自分たちの強さに疑問を抱いたり、不安を感じたりすることなく生きることができ、それが他者の幸せを通して自分の幸せを見つけられる道であるように思うのです。
だからわたしはあなた方に伝えます。
自分を愛してください。
自分のことをもっと大切にしてください。
自分の「良さ」を、この世界に還元することで、あなた方がどれだけ美しい存在なのかを知ってください。
あなた方の本質は愛であり、競い合わなくても、あなた方はお互いに強いのですから、持って生まれた才能活かして、共に喜びの中で輝いてください。
それを伝えることが、わたしがこの寓話に登場することになった役割でもあるのです。
最後まで聞いてくれてありがとうございます」
北風は言いました。
「何をごちゃごちゃ言ってるんだこいつ、やっちまおうぜ!」
太陽は言いました。
「おう、ネコの分際で生意気だ、俺たちの恐ろしさ見せつけてやるぜ!」
そうして、北風はフルパワーでネコを吹き飛ばし、太陽は灼熱でネコを灰にしました。
ネコの姿かたちはなくなってしまいましたが、それでもネコの本質は消えませんでした。
このネコの本質が、この寓話を書いているのです。
ネコは物語を超えて、物語の外から、読者であるあなたに向けて、この寓話を送り届けます。
なぜなら、あなたの人生という寓話も、北風と太陽にネコが伝えたことと同じように、愛によって喜びを得て、愛によってそこから解放されることをこのネコは知っているからです。
【ネコ訳『ネコップ寓話集』猫波文庫】